植物を枯らし続けていると、ある時点で「もう見たくない」という気持ちが出てきます。

どうも!無趣味社会人ことたっつーです!!
すさんだ生活、キッチンには弁当のガラごみが並び、床には空き缶が散乱。そしてベランダには枯れた植物たち。春先はあんなにわくわくしていたというのに、人間はどうして一定の時間が経過するとトキメキを失ってしまうのだろう。
ローズマリーは、我が家の最古参だった

このローズマリー、我が家のベランダでは特別な株でした。
まず、去年の夏の虫害を生き延びています。 プランターに青虫が湧いてセージとタイムが全滅したあの惨劇のとき、無傷で残ったのはドワーフマートルとローズマリーの2鉢だけでした。その後は冬支度までして守り抜き、2月の引っ越しにも耐えて、新居のベランダでちゃんと芽を吹いてくれた。
そのドワーフマートルも6月に力尽きたので、ローズマリーは我が家に残った最後の古株ということになります。年季が入って株元が木のように硬くなっていて、その姿を見るたびに「こいつは強いな」と素直に思っていました。
しかもローズマリーは、ハーブの中でも屈指のタフさで知られる植物です。地中海の乾いた土地の出身で、水は少なめでいいし、寒さにもそこそこ耐える。世話が下手な人間に最も向いているハーブ、という言い方もできます。
枯らし続けた夏にその時は訪れた
夏の暑さが本格化した頃、私はベランダの世話をほぼやめていました。
理由は単純で、しんどくなったから。 ベランダに出ると、枯れた鉢と空いた鉢が並んでいる。セージ、フェンネル、オレガノ、マジョラム、レモンバーム、キューバミント、クレソン、タイム。それぞれをどう枯らしたか、全部覚えている。そして見るたび思い知らされる。自分の継続力のなさを。

外壁の工事は続いていて、ベランダはまだ薄暗い。加えて蒸し暑い。水やりをしても報われないかもしれないと思い始めると、じょうろに水をためるというなんてことない作業すら苦痛になります。 「どうせまた枯れるし」という気持ちが一度顔を出すと、それを打ち消すのは簡単ではありませんでした。
久々に見た姿はなんか灰色だった
しばらくぶりにベランダをちゃんと見たとき、ローズマリーの色が変わっていました。

ローズマリーの葉は、あの針みたいな細い葉です。健康なときは深い緑で、指でしごくとあの独特の香りが手に残る。それが全体的に色が抜けて、緑というより灰色に近い色になっていました。 ローズマリーって、枯れると茶色じゃなくて灰色になるんだぁ。触ると針の葉がパラパラ落ちて、香りもずいぶん薄い。
枝を折ってみると、内側まで乾いて茶色くなっていました。生きている枝は中が緑色をしているものなので、これはもう手遅れのサインです。
ローズマリーは乾燥に強い植物ですが、それは「鉢植えで真夏に放置していい」という意味ではありません。地面に根を張った株ならともかく、プランターの限られた土では、水がなくなればそこで終わりです。強いというのは、限界が少し先にあるというだけの話なのでした。
去年の青虫にも冬の寒さにも引っ越しにも負けなかった株が、私が見に行かなかった数週間で終わってしまったわけです。
こればかりは工事のせいではありません。ほかの誰のせいでもない、まぎれもなく私が水をやらなかったからです。
そして、最後の古株が枯れた
8月。ローズマリーは、完全に枯れました。
灰色になった葉はほとんど落ちて、乾いた枝だけが残っています。あれだけ強かった香りも、もうほとんどしません。去年の夏を生き延びた2鉢は、これで両方いなくなりました。
さようなら、ローズマリー。僕の人生の一部をともに過ごしてくれてありがとう。
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