1作目の「X」を観たとき、私は「まあ、よくあるB級ホラーだな」くらいにしか思っていませんでした。

どうも!無趣味社会人ことたっつーです!!
ところが2作目の「Pearl」を観た瞬間、その評価が根本からひっくり返りました。あまりにドはまりして、Amazonプライムで購入して何十回も見返しているくらいです。各シーンをだいたい思い出せるレベル。おかげでミア・ゴスという俳優そのものにハマってしまい、彼女の出演作を順に漁るという新たな沼にも落ちました。
ということで本記事では、A24とタイ・ウェスト監督が作り上げた「X」「Pearl」「MaXXXine」の三部作について、関係性と魅力をまとめました。ちなみに私は「Pearl」が一番好きなので、そこだけ明らかに文章量が増えますのでご了承ください。
そもそも「X」三部作って何?
この三部作は、タイ・ウェストが監督・脚本を手がけ、A24が製作したホラー3作品のシリーズです。そして最大の特徴が、全作の主演をミア・ゴスが務めていること。しかも1作目では一人二役です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 監督・脚本 | タイ・ウェスト |
| 製作 | A24 |
| 主演 | ミア・ゴス(全3作) |
| 作品 | X(2022)/ Pearl(2022)/ MaXXXine(2024) |
| ジャンル | スラッシャー/サイコホラー/ネオノワール |
タイ・ウェストはもともと「ハウス・オブ・デビル」などで知られる、低予算ホラーの職人系監督でした。それがA24と組んで作ったのが「X」で、これが評判になったことで一気にシリーズ化します。
面白いのが制作のスピード感です。2020年10月、「X」の撮影準備でニュージーランドに入国したタイ・ウェストは、コロナ対策の隔離期間中に早くも2作目の構想を練り始めます。そこからミア・ゴスとビデオ通話でアイデアを出し合い、「Pearl」の脚本を共同で書き上げてしまったのだとか。まだ「X」の撮影すら始まっていない時期の話です。そして同じロケ地の農場を使い、「X」の撮影終了後にそのまま連続で撮影しています。
隔離中の暇つぶしから傑作が生まれるとは、なんて生産的な自粛期間だったのでしょう。一方私が隔離されていた期間に生み出したものは、部屋にたまった空き缶の山だけでした。
公開順と時系列がねじれている
このシリーズがややこしいのは、公開順と作中の時系列が一致していないことです。
| 作品 | 本国公開 | 日本公開 | 作中の年代 | 舞台 | 主人公 |
|---|---|---|---|---|---|
| Pearl | 2022年9月 | 2023年7月7日 | 1918年 | テキサスの農場 | 若きパール |
| X | 2022年3月 | 2022年7月8日 | 1979年 | テキサスの農場 | マキシーン・ミンクス |
| MaXXXine | 2024年7月 | 2025年6月6日 | 1985年 | ロサンゼルス | マキシーン・ミンクス |
つまり公開順は「X → Pearl → MaXXXine」ですが、時系列順だと「Pearl → X → MaXXXine」になります。「Pearl」は「X」の前日譚、しかも61年前という大胆な飛び方をしています。
日本での配給はハピネットファントム・スタジオが全作を担当。「X」が2022年7月8日、「Pearl」が2023年7月7日と、1日足りないだけでちょうど1年違いになっているのが地味に気持ちいいです。狙ったのかどうかは知りません。
ちなみに「X」の本編後にはそのまま「Pearl」のティーザー予告が流れ、「Pearl」の後には「MaXXXine」のティーザーが流れました。次回作の告知をエンドクレジットでやるホラー、強気すぎる。そしてちゃんと全部作ったのがえらい。
興行成績も見ておく
A24のホラーは低予算で回すのが基本ですが、この三部作もその例に漏れません。
| 作品 | 製作費 | 世界興行収入 | 備考 |
|---|---|---|---|
| X | 約530万ドル(約8億円) | 約1,510万ドル(約23億円) | 製作費の約3倍を回収 |
| Pearl | 非公開 | 約1,010万ドル(約15億円) | 三部作で最も控えめ |
| MaXXXine | 1,000万ドル未満 | 約2,210万ドル(約33億円) | シリーズ最高のヒット |
※円換算は1ドル150円で概算
数字だけ見ると、一番評価が高い「Pearl」が一番稼いでいないという、なんとも言えない結果になっています。公開規模の問題もあるとはいえ、こういうところがちょっと切ない。
ただ三部作トータルでは製作費を大きく上回っていて、A24にとって初の三部作であり、しかも最大のヒットシリーズになりました。低予算ホラーで三部作を完走して黒字、というのは普通に偉業です。
どの順番で観ればいいのか
結論から言うと、公開順(X → Pearl → MaXXXine)を強くおすすめします。
「Pearl」は「X」を観ていることを前提に作られている部分があって、あの老婆が誰なのかを知っているかどうかで、受ける衝撃がまったく違ってきます。時系列順に観ると、いくつかの仕掛けが機能しません。
素直に公開順でいきましょう。作り手が意図した順番には、だいたい理由があります。
「X」(2022年)——正直、最初はピンときませんでした
どんな話か
本国では2022年3月、日本では2022年7月8日に公開されたシリーズ第1作です。
1979年のテキサス。若手のポルノ映画クルー6人が、老夫婦の所有する農場のゲストハウスを借りて自主制作映画を撮り始めます。ところが家主の老婆パールが、若く自由な彼らに執着を見せ始め、事態は最悪の方向に転がっていく——という話です。
主人公は出演者のひとり、マキシーン・ミンクス。演じるのはミア・ゴス。そして彼女を襲う老婆パールも、同じミア・ゴスが特殊メイクで演じています。
共演はジェナ・オルテガ、ブリタニー・スノウ、キッド・カディ、マーティン・ヘンダーソンら。ジェナ・オルテガは本作の後に「ウェンズデー」や「スクリーム」で一気にブレイクするので、今観ると豪華に見えます。
「エクストリームライドホラー」というキャッチコピー
まず日本版のキャッチコピーが「エクストリームライドホラー」なんですが、これを見て内容が想像できた人がいたら会ってみたい。
そして実際に観てみると、ライドと言うほどの臨場感はありません。展開もオーソドックスで、正直なところ「ありがちなB級ホラー」という印象は否めませんでした。私は最初の鑑賞から長いあいだ、この作品を1回しか観ていませんでした。
でも音楽の使い方がやたらおしゃれ
じゃあつまらないのかというと、そうでもないんです。他のホラー映画との決定的な違いが音楽の使い方にあります。
70年代のカントリーやゴスペル、ディスコが、要所でスッと差し込まれる。ホラーの緊張感を音でぶった斬ってくるのに、なぜか作品が壊れない。なんかおしゃれなんですよね。
私の推し監督であるエドガー・ライトが本作を熱烈に支持したと聞いて、これは非常に納得しました。あの人も音楽と映像の噛み合わせで映画を撮る人なので。「怖いに終始しない」演出こそが、「X」の一番の魅力だと思います。
そして「Pearl」を観てから見返すと、化ける
ここが重要です。
「Pearl」を観たあとで「X」を再鑑賞すると、まったく違う映画に見えます。
若く、健康で、性的に奔放で、未来がある撮影クルー。それを窓の外から見つめる、老いて誰にも欲されなくなったパール。1回目は単なる「不気味な老婆」だったこの人物に、61年分の背景が乗ってくるからです。
パールが恐ろしいのは、彼女が化け物だからではなく、かつては同じように若かったからです。この構造に気づいた瞬間、B級ホラーだと思っていたものの見え方が変わります。
そしてこの一点が、そのまま「Pearl」という映画の存在理由になります。
「Pearl」(2022年)——ここから本題です
はい、ここからが本題です。
※以下、作品の構造やラストの演出について触れます。未見の方はぜひ観てから戻ってきてください。
どんな話か
本国では2022年9月、日本では2023年7月7日の公開。ヴェネツィア国際映画祭でお披露目された作品です。
1918年、第一次世界大戦の最中でスペイン風邪が猛威を振るうアメリカ。テキサスの農場に暮らす若きパールは、ダンサーとして映画の世界に出ていくことを夢見ています。
しかし夫は戦地に行ったまま。父は病で寝たきり。母は厳格すぎて、パールの夢をまったく認めない。閉じ込められた農場と、閉じ込められた才能。そのねじれが、少しずつ形を変えていく物語です。
演じるのはもちろんミア・ゴス。そして本作、ミア・ゴスがタイ・ウェストと共同で脚本を書いています。彼女にとって初の脚本クレジットです。自分で書いた役を自分で演じているわけで、そりゃ怪演にもなる。
「映画史上もっとも無垢なシリアルキラー」
日本版のキャッチコピーがこれです。
そしてこのコピーが、作品の本質をかなり正確に射抜いています。パールは確かに「やばい女」なんですが、特筆すべきは彼女が「ただのやばい女」ではないということなんですよ。
- 閉鎖的な時代と、外に出られない農場
- 娘を縛りつける、厳格すぎる母
- 戦争に行ったまま帰ってこない夫
- 病で動けない父の介護
狂気の要因が、これでもかというほど積み上げられています。つまりパールは「生まれつきの怪物」ではなく、なるべくしてなった。その過程が、抑えきれない憎しみが少しずつ表面化していく形でテンポよく描かれていきます。
だから観ているこちらは、恐怖よりも先に「わかってしまう」んですよね。
まず色彩に殴られる
演出面の話もさせてください。「X」がザラついた70年代の質感だったのに対して、「Pearl」は極彩色です。
真っ赤なドレス、抜けるような青空、黄金色の干し草。テクニカラー時代の古き良きハリウッド映画、それこそ「オズの魔法使」のような色使いで撮られています。オープニングのタイトルロゴからしてクラシック映画そのもの。音楽も、悲劇的なメロドラマのスコアが堂々と鳴ります。
ミュージカル映画のような色と音で、まったくミュージカルではないことが起きる。かわいい色をした地獄。この落差でずっと殴られ続けるのが「Pearl」という映画です。
そして、あのセリフシーンが来る
物語が終盤に近づいたあたりで、パールが友人のミッツィに向かって、自分のことを話し始めるシーンがあります。
このモノローグが、6〜8分ほぼワンショットで続きます。
固定されたカメラの前で、ミア・ゴスがひとりで喋り続ける。最初は自嘲気味に、途中から言い訳のように、そして自分でも制御できなくなっていく。笑いながら泣き、涙も鼻水もそのままに、彼女は自分がどういう人間なのかを吐き出していきます。
ここで剥き出しになるのが、「努力では決して覆せない、生まれ持った環境と才能の差」に対する感情です。
パールの目の前にいるミッツィは、恵まれた家に生まれ、当たり前のように外の世界とつながっている。同じだけ夢を見ているのに、スタートラインが違う。そのことに対するパールの惨めな思いと憎悪が、痛いほど伝わってきます。
演技という言葉で片付けるのが失礼なくらいの、生々しい何かがそこにあります。カットを割らないというのは、逃げ場がないということです。観ているこっちも逃げ場がない。あのシーンでチャンネルを変えられる人はいないと思います。
極めつけのエンドクレジット
そしてトドメがラストです。
パールが、引きつった笑顔を浮かべる。カメラが寄る。そのままエンドクレジットが最後まで流れます。
数分間です。数分間、ミア・ゴスの限界まで引き延ばされた笑顔だけが画面にある。目は笑っていない。口角だけが上がっていて、時々かすかに震える。あんなに長く人の顔を見つめさせられる映画、なかなかないです。
普通の映画なら、余韻を残して暗転して終わります。でもこの映画は終わらせてくれない。「まだ見ろ」と言われ続ける。
これはホラーではなく「女性版ジョーカー」
ここまで書いてきてわかると思うんですが、「Pearl」はただのホラー映画ではありません。
ある意味でダークヒーロー的な要素を備えた作品なんですよね。全米公開時に「女性版ジョーカー」と評されたそうですが、これは非常に頷けます。社会と環境に押し潰された人間が、その圧力に耐えかねて壊れていく過程を、突き放さずに追いかけている。
つまりこれは、人間心理が本質の映画です。
殺人シーンが怖いから記憶に残るのではなく、パールという人間の理屈がわかってしまうから記憶に残る。私が何十回も見返しているのは、たぶんそこに理由があります。ホラーとしてリピートしているわけではないんですよね。
「MaXXXine」(2024年)——マキシーンの6年後
どんな話か
本国では2024年7月、日本では2025年6月6日の公開。日本だけ1年近く待たされました。
1985年のロサンゼルス。「X」の惨劇を唯一生き延びたマキシーンは、アダルト業界で生計を立てながら、本物のハリウッドスターになる道を探しています。
そこへ念願のチャンスが訪れる。ホラー映画「ザ・ピューリタンII」のオーディションに合格し、ようやくメジャーへの扉が開くのです。ところが同じ頃、彼女の周囲で不穏な事件が起き始め、過去を知る私立探偵が接近してくる——という展開。
共演陣が豪華で、映画監督役にエリザベス・デビッキ、私立探偵役にケヴィン・ベーコン、エージェント役にジャンカルロ・エスポジート。刑事役でボビー・カナヴェイルとミシェル・モナハンも出ています。
80年代への愛が渋滞している
本作の舞台設定がとにかく凝っていて、当時実際にロサンゼルスを恐怖に陥れた連続殺人事件と、社会現象化していた「悪魔崇拝パニック」が背景に敷かれています。
映像はスラッシャーというより、ネオノワールやジャッロ(イタリアンホラー)寄り。ネオンとブラインドの影、ハリウッド大通りの猥雑さ、ビデオショップの棚。80年代のロサンゼルスが画面いっぱいに再現されていて、単純に眺めているだけで楽しいです。
音楽の使い方が強烈なのは「X」から一貫していて、ここはシリーズの血統を感じます。
賛否が分かれた三作目
正直に書くと、この作品は評価が割れました。私の感想も「面白いけど、Pearlの後に観るとちょっと物足りない」です。
理由ははっきりしていて、Pearlほど主人公の内面に潜っていかないからだと思います。「Pearl」があまりに濃厚な人物描写だったので、その直後に来た「MaXXXine」がジャンル映画として素直すぎるように見えてしまう。
ただ、三部作の終着点としては筋が通っています。マキシーンが「X」からずっと唱え続けてきた「私は自分にふさわしくない人生を受け入れない」という言葉が、この作品でどこに着地するのか。そこを見届ける映画としては、ちゃんと機能しています。
三部作をつなぐ、ひとつのセリフ
3本を通して観ると、全部が同じ一点を撃ち抜いていることに気づきます。
「スターになりたい」という願望です。
- パール(1918年)は、農場から出てスターになりたかった。なれなかった。
- マキシーン(1979年)は、若さと度胸を武器にスターになろうとしていた。
- マキシーン(1985年)は、まだ諦めていない。
そしてこれを決定的に裏付けるのが、あるセリフの反復です。
「Pearl」の冒頭、パールは農場の動物たちに向かって語りかけます。誰も聞いていない場所で、彼女はこう言うんですよ。
The whole world’s going to know my name.(世界中が私の名前を知ることになる)
まだ何者でもない女が、家畜に向かって宣言する。この時点ではただの痛々しい夢です。
そして——このセリフを、「MaXXXine」の予告編でマキシーンが言い放ちます。
61年の時間を挟んで、同じ顔をした別の女が、同じ言葉を口にする。
パールはこの言葉を叶えられませんでした。では、マキシーンは? 同じ言葉を掲げた彼女もまた、パールと同じ道を辿るのか。それとも——というのが、この三部作の一番の問いだと思っています。
パールが夢破れた61年後、同じ農場で、同じ夢を持った若い女がやってくる。そしてパールは彼女に殺意を向ける。あれは嫉妬というより、鏡を割ろうとする行為だったんじゃないかと思っています。
同じ顔をした人間が、61年の時間を挟んで同じ夢を追い、片方がもう片方を殺そうとする。配役ひとつでここまでテーマを語れるのは、企画として本当に見事です。
ミア・ゴスという怪物について
最後に、三部作の立役者ともいうべきミアゴスという俳優について。
ミア・ゴスは1993年、イギリス生まれ。「ニンフォマニアック」でデビューし、「サスペリア」(2018年のリメイク版)や「エマ」などに出演してきた俳優です。
私が思う彼女のすごさは、「振り切ることに一切ためらいがない」という一点に尽きます。
普通、俳優には「ここまでやったら引かれるかな」というブレーキがどこかにあるはずなんですよ。ミア・ゴスにはそれが見当たらない。「Pearl」のあの長回しも、あの笑顔も、やりすぎと紙一重のところを平然と突き抜けてきます。そして突き抜けた結果、コメディにならずにちゃんと恐怖と哀れさとして着地する。これは技術です。
しかも「Pearl」に関しては、自分で脚本を書いたうえでそれをやっている。自作自演でこの完成度、怖すぎませんか。
まとめ
- 三部作は公開順(X → Pearl → MaXXXine)で観るのがおすすめ
- 「X」は最初B級ホラーに見えるが、音楽がおしゃれで、Pearlを観てから再鑑賞すると化ける
- 「Pearl」は「映画史上もっとも無垢なシリアルキラー」。ホラーの皮をかぶった人間心理の映画で、「女性版ジョーカー」と評されるのも納得
- ラストのセリフシーンは、努力では覆せない環境と才能の差への憎悪が剥き出しになる名場面
- 「MaXXXine」は80年代ロサンゼルスを舞台にしたネオノワール。三部作の着地点
- 全体をつなぐのは「The whole world’s going to know my name」という一つの願い
いま3本を振り返ってみると、やっぱり「Pearl」だけ明らかに異物です。ホラー三部作の2作目として作られたはずなのに、気づいたら人間の業を正面から描く映画になっている。あれを1作目の撮影が始まる前の隔離期間に書き上げたという事実が、いまだに信じられません。
まだ観ていない方は、ぜひ「X」から順番にどうぞ。そして「Pearl」を観たあとは、もう一度「X」に戻ってきてください。同じ映画が違って見えます。
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